Maasai Mara マサイ・マラ国立保護区


 マサイ・マラはタンザニアのセレンゲティ国立公園と接したケニア側の国立保護区です。ヌーの大移動が6月から9月にかけて見られます。一年を通じて沢山の動物が織りなす野生の王国を楽しむことが出来るので、最も人気の高いサファリ・ルートです。  私は4度行きましたが、以下は1994年2月の旅行メモです。




 朝7時40分にナイロビを発ち一路マサイ・マラへ進路を取りました。40Kmも走るとグレート・リフトバレーのビュウ・ポイントに着き、その広大な眺めに幾度となく感動しました。そこから一気に高度を600m程下ってリフトバレーの底に降りる、2つのパラボラアンテナを持つ通信衛星のサテライト・ステーションの側を抜けると乾燥した大地がずっと続きます。

 右手にロンゴノット、左手にスサウの大クレーターを通り過ごします。途中何箇所か舗装の剥げかかった悪路が続いて、快適に飛ばせませんが、10時頃にはナイロビから150Km離れたナロックの町に着き、そこで最後の給油。その先マサイ・マラまでの残り100Kmの内、その半分50Kmは舗装していない道です。(2000年3月現在、道路事情は好転し、未舗装部分は公園入り口直前までの33km程になりました。)

 途中ヌー、シマウマ、キリンも見ることができます。11時過ぎにようやく公園のセケラニ・ゲートに着きました。

 今回泊まったのは当初予定していたキーコロック・ロッジが満杯だったので、セケラニ・ゲートに近い(と言っても7Km程離れていますが)小さな谷間にあるセケラニ・キャンプでした。3年ほど前にできたテント方式のこじんまりとしたしたロッジでした。全部で15程のテントしかありませんので収用人員は30名となります。当日、私たち以外の泊まり客はヨーロッパ人だけでした。

 キャンプと言っても殆どロッジと同じですが、電気がなく石油ランプの生活です。夜にはゾウやバッファローなどの野生動物も訪れます。水も豊富にあり、珍しくシャワーではなくガスで沸かすバスが付いていました。食事もまずまずでした。  その日の夕方と翌日の午前中のゲーム・ドライブには、キャンプのドライバーを雇って、案内してもらいました。自分で運転してあてもなく走りまわるより、現地の事情に詳しい人の案内が、一番効率的です。パフォーマンスに応じてチップをはずんであげることになりますから、お互いの利益になります。それで、私はよくこの方法を使っています。

 6月から9月にかけてのヌーやシマウマが移動する時期ではないので、動物の数はさほどではなかったのですが、レオパ−ド以外のゾウ、ライオン、サイ、チーター、カバといったものは、随所で見られ、種類の多さはやはりマサイ・マラならではでした。

 マサイ・マラの天候はインド洋からではなく、巨大な淡水湖ビクトリア湖の影響を受けるらしく、ナイロビと違って、近頃毎日のように午後雨が降っていると言います。この日もきれいな虹がでた後、激しい雷雨がサバンナを襲いました。帰り道の豪雨の中、二匹の子連れのチーターに出会いました。ずぶぬれで可哀想にも見えました。

 マサイ・マラの土壌はアンボセリとは違って、ぬかるむことがあまりなく(全くないわけではなく、先日はレスキューしてあげました)、殊に四輪駆動車ではスタックしにくいので安心して走れます。翌日午前はちょと遠出をしてマラ川にヒポを見に行きました。帰り道、タンザニア国境を示すポスト(標識)をぐるっと一周して、「国境侵犯」し、車を降りてその証拠写真に納めました。人間の世界と違って野生の世界には国境はないのです。タンザニアとの直線の国境線は、大英帝国とドイツ帝国の間で勝手に決められたことで、不公平・不自由を少なからずもたらしています。





 サファリ・カー

 マラサファリ・クラブのテント式ロッジ

 大あくびするライオン

 マラ川のカバたち

 クロサイの親子連れ

 「青染み」のトピはマサイ・マラならでは

 7月の下旬、セレンゲティからヌーが大移動

 ゾウの上にかかるサバンナの虹

 観光マサイの村(貴重な現金収入源です)

 マサイの婦人たちと

 マサイの子供たち

 柾人君は抱いてもらいました



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