・飲泉カップ(lázeňský pohárek ラーゼンスキー・ポハーレック『温泉用コップ』の意、
飲泉は、湧出したての源泉を、夕食前2時間ぐらいに、時間をかけてチビチビと散歩がてらに飲む(15〜30分)。
当初グラスで飲まれていたが、16世紀にそれに適した取っ手がストローになった独特の飲泉カップが生み出された。
さすがにカルロヴィ・ヴァリ近郊には良質な陶土(カオリン)の採取場があり、ボヘミア陶磁器の生産地であるため、多種多様で数百ものデザインの飲泉カップが展示販売されている。
基本的な形状は、高温の飲泉にも合理的で、握り手にもなるカップの底からストロー状の吸い口が上部まで立ち上がっており、小さな子どもでも持ちやすく、揺らしても溢れにくいようにカップは押しつぶされたように平たい。ただし、目盛は付いていない。容量は100〜300mℓで、価格は500〜1,000円、チェコの物価水準が日本の2/3程度なので、実質700〜1,500円位。
・スパ・ワッフル (lázeňský oplatky ラーゼンスキー・オプラトキ、英語では Spa Wafers)
1枚9czkチェココルナ=45円位。現地の売店で買う場合、温めたものをくれる。バニラの他、チョコ、ナッツ、リンゴ風味など10種類ぐらいあり、6枚入りのお土産用の箱入りが50czk位で売られており、プラハのスーパーでも入手できる。空港の売店にもあるが、倍くらいの値段が付いている。
1807年薬剤師のヤン・ベヘルJan Becher考案で、20数種類の薬草酒(アルコール度数38°)でその成分・配合は極秘で、代々の社長と工場長だけの門外不出とされる。味は柑橘系の爽やかな味で飲みやすい。
当時のカルロヴィ・ヴァリの12源泉に加えて『第13源泉』と言われてきた。食前・食後酒であり、日本での『養命酒』的な存在である。現地は元より、プラハ市内の酒店、周辺国の空港でも購入可能である。
・波佐見焼スパカップ完成
江戸時代、庶民にとって白磁の食器がまだまだ高値の花であった時に、肥前一帯の焼き物の里の一つである波佐見は、隣接する有田焼と差別化するために、絵柄を極力簡素化し、せいぜい問屋制家内工業レベルであった当時に、分業による大量生産体制と全国販売網を作り上げ、全国に「くわらんか碗」として波佐見焼を広めた。天保年間(1830〜1844年)には全長170mを筆頭に160m以下100mを超える巨大登窯が8基も存在し、当時世界最大級の窯業地であったことからも裏付けられる。また、対外的には酒や醤油を輸出するための磁器製のコンプラ瓶を製造し、伊万里港から輸出された。そのため海外ではイマリと総称され、今に至るまでブランド化に苦しんできたが、最近は斬新なデザインと実用性で息を吹き返しつつある。
2015年末、日本に於ける飲泉文化の普及に欠かせないスパカップの安定的国内製造を、炭酸泉を介して縁が深い波佐見に委託した。
この雲を掴むような話しに賛同して下さることになったのは、㈱一龍(一瀬龍宏社長)さんと陶磁器デザインのKEN商品研究所(松尾賢二代表)である。彼らの協力を得ることになり、波佐見焼スパカップ第1段の大小の試作品ができた。容量は、小が100mℓ、大が200mℓである。チェコ製とは違って、指先ではじくと高温で焼いた証拠の高い音が聞こえる。
『日本一のおんせん県おおいた』ロゴ入り大小2種類の波佐見焼スパカップの第1ロットが完成。2017年は本格的デビューの年として、まず竹田市長湯一帯から試験的に委託販売から始める。小売価格は1,400円と1,300円を予定。
スパカップは、従来の陶磁器の製造販売ルートではなく、製造元(窯元)産直スタイルを取り、また個人で購入を希望される方々、数百単位で販売したい温泉地の小売店の方々のため、ご当地デザインもオーダーメードできるような製造工場直売システムを構築した。
詳しくは、シードル九州㈱か製造元の㈱一龍陶苑(一瀬龍宏社長)に。